徳間書店
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関口哲平
愛犬マックス・誘拐DOGNAP 2003.10.4記

なかなか犬飼いにとっては身につまされる本だ。犬を擬人化すること自体、犬飼いに興味のない人にしてみればお笑い種だろう。しかし、一緒に生活してしまうと情けないほど「バカ飼い主」になってしまう。

この本はまさにタイトル通り、マックスという犬が誘拐される話だ。ただ、人間を誘拐する場合と大きく違うのは犬を誘拐しても日本の現状の法律では「器物」を盗んだことにしかならない。モノを盗む・・・そう「窃盗」にしかならなのである。自転車を盗まれたのと同じということだ。さらに愛犬をさらわれ仮に身代金を要求されても犯人は「恐喝」の罪にしかならないのだ。そして更に愛犬の命を故意に奪われたとしても「器物損壊」にしかならない。その点がこの本の骨子の底辺にあって我々、犬飼いにとっては苦々しい思いでストーリーを読み進めることになる。

作者は犬の躾けにも詳しいのかもしれないが、何よりも驚いたのは物語の被害者の職業にもなっている競艇事情に大変詳しいことだ。競艇選手が飼っている愛犬のミニチュアダックス、マックスが何者かによって誘拐される。明らかにある競艇選手をターゲットに絞ってのピンポイントの犯罪だ。何億もの賞金を稼ぐ競艇選手から身代金を奪い取ろうとする犯人もこれまた競艇のことに詳しい。人間を誘拐するように身代金を要求しようと試みるが、競艇選手は金にモノを言わせて一般人を巻き込んで抵抗する。そこで犯人は身代金を奪い取るという作戦から次なる手段に作戦を変更する。次なる手段とは・・・。
競艇のトップクラスの被害者と町工場を経営する犯人・・・この図式は黒澤明の映画『天国と地獄』にも似ている。犯人の側にもそれなりの正当性はあるが犯罪を企てる時、その正当性は単なる身勝手な理屈にしかならない。そして、競艇に限らずギャンブル全般には必ず「ギャンブルの神様」が存在する。はたしてギャンブルの神様は被害者と加害者、どちらに微笑むのか・・・。
犬に興味のない人にも必ずや楽しめるミステリーだと思う。そして同様の事件が今後、本当に起こりえるかもしれないと犬飼いの私には思えるのだった。

犬飼いの身として考えさせられるフレーズがあったので勝手ながら引用させていただく。

「マックスがいなくなるまでは・・・マックスが一番だ、俺たちの育て方が最高だ、他の家に行って飼い主の育て方を見てみたいとか言ってたろ?」
「でもね、マックスがいなくなってから、一人で街を歩いてて、散歩している犬と飼い主を見てると、すごく楽しく信頼し合ってるなってわかるんだよ。しっくりしてるように見えるんだ・・・。俺たちが一番だと思ってたこと、ちょっと散漫だったかなって反省することがあるんだ。ほら、ほかの犬が吠えたり、おびえたりしてるのを見て、社会性がないのは飼い主の責任だとか、そうやって二人で言ってたじゃないか」
「あれね、俺、間違いだったって思うんだ。会社勤めをしている女の子が、平日の昼間に犬を抱いていろんな場所につれてって、生後三ヶ月までに人間や犬に慣れさせるなんて、そんなこと絶対にできないもん。俺、考えたんだけどね・・・ペットの犬に社会性がつかなくっても、逆に社会性がないぶん、もしかしたら犬と飼い主の関係って究極の一対一って感じで、もっとずっと濃いんじゃないかなって思うんだ・・・。だからね、<愛護センター>に、この犬を殺してくださいって引き取らせるような飼い方以外だったら、俺ね、ペットの飼い方って人せれぞれだなって思うんだよ」

まさに同感である。犬を飼うことにちょっとばかり自惚れになっていた私自身を戒めるフレーズであった。


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