フィジー・リポート

のんびりリゾート気分、ということでフィジーです。
2000.02


いかにも南国という感じです。
夕方のフィジーの景色



とにかく広いホテルで驚きます。
フィジアン・リゾート



海側から見たホテルのビーチ。
ビーチはこんな感じ



日本のプールに比べて人が少ないこと。
これぞリゾートの絵



こちらのプールは深くて、ほとんど人がいない。
大人用の静かなプール



2両編成の砂糖きびを運搬する列車。
オモチャのような汽車



列車が通ると皆んな、手を振って歓迎してくれる。
フィジーの村



途中下車で洞窟を案内してもらえる。
原始人現る!?



ちょっと日本では見られない景色かも。
遠浅の海に映る雲
成田からフィジーのナンディー空港への直行便は月曜、木曜の2便。
19時出発のエアー・パシフィックに乗り込む。搭乗前に驚いたのは、120人ぐらいの中国人の団体が乗り込んでいたこと。ちょっと意外な感じがしました。
エアー・パシフィックのエコノミーは初めての体験でしたが、座席の前後間が狭いのも含めて、座り心地の悪いシートでした。
機内食については、もともとあまり期待はしていないのですが、ここのはひときわまずかったです。狭い座席に押し込められたまま7時間45分のフライトでナンディーには朝の7時半頃到着。
フィジーと日本の時差は通常3時間。2月はサマータイムで4時間でした。

ローカルな国際空港での入国申請を終わって、荷物をピックアップ。すぐ横に会議用の机をひとつ出してきたような仮設の両替所を発見。面倒なので、そこでまず両替。フィジードル(F$)は1F$が約63円
到着ゲートに出ると、現地担当員が待ち構えています。今回の担当はトーマス・クックという会社のサティッシュさん、自称サッちゃん。インド系のサッちゃんの日本語は過去の日本語担当員に比べて圧倒的に上手く不自然なぐらいでした。
我々夫婦の他に、5組をピックアップして、いざバスで移動。車内で、お決まりのオプショナル・ツアーの説明などがありました。
早朝の到着なので、ホテルのチェック・インまでだいぶ時間があります。約30分ほどでナンディーの街に到着。たっぷり時間があるので、街の探索、というよりもお土産屋さんにいきなり連れ込まれてしまいました。
なんだかなぁ、と思っていたのですが、後で考えると、この時に土産を買っておいて良かったということになります。1時間ほど買い物時間があって、再びバスで移動。いよいよそれぞれのホテルに向かいます。40分近くバスで移動したところが、今回の宿泊ホテルであるフィジアン・リゾートです。

フィジアン・リゾートは、シャングリラ系列のホテルで小さな出島のような敷地が全て施設になっている大きなホテルでした。
ロビーで指示を待っていると、サッちゃんが得意顔でやってきて、「私の交渉で今からチェック・インできる」とのこと。一同から喜びの声が上がる。この時の時間が約10時30分。疑い深い私は、妻の心配をよそに絶対に早くチェック・インできるとふんでいたので、予定通りの展開にほくそえんでいました。
このフィジアンには、ガイドブックなどによると、日本人スタッフや日本語のスタッフのクレジットがなかったので、期待していなかったのですが、なんと女性でルリさんという日本人がスタッフとしていたのには驚きました。

フィジアンは何しろ施設が広いので、案内された部屋からフロントロビーへは歩いて10分はゆうにかかってしまうほどでした。我々の部屋は3階建ての1階でした。ファミリータイプの部屋でメインベッドの他にソファーベッドが2つあります。しかもコネクションルームでちょっといやな感じがします。ベランダからすぐビーチに出られるのはちょっといい感じです。早速ビーチに出てみると一面いわゆる「綺麗な海」というやつです。しかも遠浅で約200メートルぐらい先のところで波がしぶきを上げています。ちょっといい景色です。
部屋に戻って、バスルームなどを点検していると、バスタブは砂だらけで、しかも陰毛までへばりついてるしまつ。そうこうしているうちに隣の部屋が戻って来たらしく、にぎやかな関西弁が聞こえてくる。ん〜、やっぱりいやな予感は当たってしまったのでした。せっかくいい環境で和みに来たので、ここは快適最優先と考えて、フロントに連絡をして、ルームチェンジのリクエストを出したら、即OKで、今度は隣の棟の2階の部屋に移動。今度の部屋はソファーベッドがない分ちょっと狭いが、本来の2人部屋らしく静かそう。とはいってもここもコネクションルームでやはり隣部屋へのドアがある。これはもうしかたがないことのようで諦めてここに落ち着くことにしました。
この日は、ホテルの施設などを探検して、早目の食事をとって就寝。

翌日からは、リゾート満喫とばかり、張り切りすぎて、なんとギックリ腰になってしまうというアクシデントにみまわれました。何でこんな時に、と思ってみても後の祭で、結局、医者にきてもらい注射をうってもらい治療。妻には、近場の街、シントガまで薬を買いに行ってもらったりと迷惑かけ放題。幸い、痛みは1日で治まり、翌日から仕切りなおしで楽しむことができました。

フィジーはオーストラリアからの観光客が多く、日本人はその次に多いそうです。日本からの客層としては若い人たちが多いのですが、オーストラリアや欧米の客層は、年輩の夫婦という感じが多く見受けられました。
フィジーはフィジー人とインド人で形成されているとのことでした。おっとりノンビリのフィジー人と一生懸命に働くインド人という様子とのことです。フィジー人とインド人の見分け方は簡単で髪の毛が天然パーマがフィジー人、直毛がインド人とのことです。
ほとんど英語で大丈夫ですが、現地語では「ブラー」が挨拶の言葉で、誰とすれ違っても「ブラー」と声をかけてくれます。
フィジーの楽しみ方はホテル定住型で、ホテルライフを楽しむというスタイルが一番いいようです。このスタイルは日本人には一番苦手なもののようですが、フィジアン・リゾートではこの楽しみ方しか他に方法がありません。なにしろ隔離されていて、他の街まであまりにも遠いのでホテルで楽しむしかありません。
お土産を先にナンディの街で買っておいて良かったと思うほどです。

ホテルライフを楽しむ上で重要なのが、食事です。食事が美味しいとホテルライフはグッと楽しくなります。しかし、残念ながらフィジーの料理は、それを満足させるにはあまりにも不十分なものでした。フィジー料理とされているものは、バナナの皮で肉や魚を包んで、蒸しあげるものなのですが、これはバナナの皮のにおいが素材につきすぎてにおうのと、なによりも蒸す時の特有のくすんだにおいが好き嫌いをはっきり分けます。私の場合は、残念ながらNOでした。
インド人が多いので、インド料理はそこそこ美味しいものでした。
フィジーという国は、インド人の頑張りで経済的に成り立っている部分があるとも聞いていました。食文化においてもその一面が表れているのかもしれません。

ちょっとホテルの外に出てみようと思い、オプショナルツアーのメニューにもなっている「コーラル・コースト・レールウエイ」というのに参加してみました。
これはフィジーの名物ともいわれている砂糖きびを運ぶ列車に乗って、ナタンドラ・ビーチまで行くもので、片道1時間20分ほどのノンビリした列車の旅が味わえます。線路脇には、民家や集落があり、フィジーの生活を垣間見ることができます。途中、洞窟の探検があったり、突如、原始人に扮した人が列車に槍を持って、入り込んできたりと、ディズニーランドの「ジャングル・クルーズ列車版」という感じです。
ナタンドラ・ビーチは期待していたほど綺麗でもなく、乗馬を薦める地元の人などが多く、ゆっくりビーチを楽しむ間もありませんでした。しかし、これらを割り引いても、なかなか楽しめたアトラクションでした。

今回は、腰を痛めるアクシデントがあり、マリン・スポーツの類には全く参加しなかったのですが、ホテルのビーチプールでノンビリするだけでも十分に楽しめました。これで食事が美味しければ大満足だったんですが。
結論として、フィジーに刺激を求めて行くと満足はできないかもしれません。日本のことを忘れてノンビリしたい人にはきっと満足できるところだと思います。だからこそ、熟年層や高齢層の夫婦が多いのだと思います。
できることなら、最低でも一週間は滞在しないとその良さは体験できないかもしれません。私たちと一緒に成田を出発した人のほとんどは金曜日の朝に、フィジーに着いて月曜日の朝にはフィジーを出発するというスケジュールでした。聞けば、ほとんどの滞在者(日本以外の)は最低で2週間、平均では3週間も滞在するとのことでした。私たちは8日間だったのですが、日本人では長いほうとされていました。
やはり日本人の休みのとりにくさは、これからも永遠の悲しい宿命なのかもしれないと考えさせられました。

2000.03.10記


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