ペナン島リポート

アジアの真珠といわれているマレーシアのペナン島。思いがけず素敵なところでした。
1998.4


かなり観光客が多い。
寝釈迦仏寺院


泳ぎたい人は、海よりもプールがお薦め。
ゴールデンサンズ


ペナンの中国人街もかなり充実。
中国人街


思いがけず良かった、クーコンシー。
クーコンシー


街の両替商のほとんどはインド人。
インド人街


中国人の水上生活地域。
水上住宅


バコタから見た極楽寺の中庭。
極楽寺


家族連れも多い、ガーニー・ドライブ。
ガーニーズ・ドライブ
ホーカー・センター


家に台所のない家庭も多いとか。
ガーニーズ・ドライブ
ホーカー・センター


深夜特急に出演のケンちゃんと私の妻。
深夜特急
アーベンゲスト・ハウス
ジェームス・タンさん


トライショーのおじいちゃんも深夜特急ではいい味を出していた。
深夜特急
トライショーの老人
ペナン島・・・この名前を最初に聞いたのは、沢木耕太郎の代表作「深夜特急」のはずだった。1980年代の後半に読んだ時に出てきた地名だった。しかし、その後まったくといいほど記憶から消えてしまった名前でもあった。
記憶から消えてしまった名前が復活したのは、「深夜特急」がテレビ化されたからだ。このテレビ化された「深夜特急」については別ページで紹介させてもらっているので興味のある方はそちらへ。
実際の本放送は96年だったが、私が見たのは98年の正月だった。その時に、ペナン島は活字としてではなく、テレビの映像を伴って、私の記憶の中で復活した。
更に、一緒にテレビを見ていた妻がペナン島に関心を持ってしまい、しまいには行ってみようということになり、3ヵ月後の4月にペナン島に行くことになった。

ペナン島の知識はほとんどなかったのだが、初めて来た所いう感じはしなかった。それほどテレビでの映像が大きく影響を与えていたのかもしれない。
マレーシア航空でクアラルンプルを経由して、ペナン島までは9時間ぐらい。時差は2時間日本より遅い。
空港を出ると、恐ろしいほど多くの鳥の鳴き声が、出迎えてくれた。しかも、かなり蒸していて暑い。ホテルのあるバツー・フェリンギまでは、1時間ぐらいかかっただろうか。
途中、ペナン島の中心地であるジョージ・タウンを通過、アジアらしい雑多な感じのする街並みだ。

ホテルは、ゴールデンサンズ・リゾートというシャングリラ系の所だった。隣接するラササヤン・リゾートもシャングリラ系のようだ。宿泊客は両ホテルの施設を利用できるし、なによりも嬉しいのはジョージ・タウンにあるシャングリラまで無料のシャトル・バスが出ていることだ。
ホテルはリゾートらしくホテル・クルーの制服もすっかりリゾートしているし、宿泊客も長期滞在が多いらしくリラックスした感じがする。

夜の到着だったので、ホテル近辺の探索だけしようということになった。ホテルの向かえ側の空き地には、移動遊園地があった。行ってみると客はほぼゼロ。従業員の好奇の目だけしかなかった。
ホテル前の道路の両サイドに出店がオープンし始めている。銀や鈴のアクセサリー、バティック、いかがわしい安すぎる値段の時計。(ローレックスと称するものが3000円)などの店が多い。

翌日からは早速観光。毎日、午前中ホテルのプールでゆっくりして午後から出かけるというパターンだった。まずは「寝釈迦仏寺院」、ジョージタウンに行く途中にあるのだが、かなりの観光スポットらしく、団体さんが多かった。浅草寺という感じがしないでもない。館内は撮影禁止なのだが、有料の集合写真屋がいるあたりは、けっして仏様に対してというよりも写真屋にとっての都合のようだ。面白かったのは、涅槃像の裏側。貸しロッカーのようにズラッと遺骨が収納されている。聞けば永久的に保管してくれるとの事。このまま増えていくとどうなるのだろうか、ちょっと心配。

ジョージ・タウンはコムタという58階建ての高層ビルを除くと、高い建物はほとんどない古びた街だ。インド人街中国人街が混在している街だ。ここからマレー本島までは高速道路とフェリーが出ている。ランカウイ島にも一日一往復フェリーが出ている。
4月のペナン島の気温は約38度。あてもなく歩いていても体力を消耗するだけなので、トライショーに乗って、街を探索する。トライショーは自転車の前に2人がけのシートつけた人力の乗り物。
約1時間で300リンギット(98年当時は1リンギットは40円)。このトライショーは黙って乗っていると、お土産屋さんめぐりをされるので最初に交渉が必要。
街の中を自動車と同じ目線でトライショーで進むのには、最初ちょっと勇気が必要だ。
最初に連れて行ってもらったのが、中国人街にある「クーコンシー」というお寺。クーという一族の守り神的なお寺らしい。街の中に何気にたたずんでいる小さなお寺だが、一族の手入れが行き届いているらしく、壁板や天井はピカピカに磨かれている。けっこう軽く流して見て歩いていたら、回廊に座っていた中国系の老人が、「こっちもあるから、ゆっくり見ていけ」というようなことを言ってくる。そこには、世界各国にいるクー一族の出世した者が、寺や一族にそして学校を建てるために寄付を施した事を知らす書き込みなどが飾ってある。
中国人の結束の強さを感じてしまう寺だった。
その後は、コーンウォリアス砲台やインド人街、水上住宅を通過して、コムタ・タワーの前までで約1時間だった。
夜は早めにホテル近辺に戻る。道路両サイドの店を探索。と、突然、日本語のメニュー書きが目にとまる。日本の人は、MEGUMIまで声をかけてね。というようなことが書いてある。面白そうなので、その店で食事をする事にする。ウェイトレスが来たのでMEGUMIさんを呼んでもらう。しばらくしてMEGUMIさんが明るい表情で登場。年の頃は27才ぐらという感じ。大変気さくな人で、ジョージ・タウンの穴場などを教えてもらう。

翌日も同様に午後から出かける。今日はジョージ・タウンのはずれにある「極楽寺」と「ペナン・ヒル」へ。極楽寺はマレーシア最大の仏教寺院というだけあって壮大なお寺だ。奥(というか上)の方にパゴタという7階建ての建物があるのだが、これはスゴイ。下層部分が中国様式、中層がタイ様式、上層部がビルマ様式で作られているという優れもの。ここは2時間ぐらいは時間をとって周ることをお薦めする。
続いて行った、ペナン・ヒルはジョージ・タウンが一望できるロケーションだが、特にお奨めするような所ではなかった。
その後、MEGUMIさんに教えてもらった地元民がよく行くというショッピング・モール「ルッキン・グッド」へ。ここは7階建てのショッピング・モール。中は吹き抜けでおみやげ品から地元の人の生活用品まで何でも揃う便利な所。暑い外の気温で火照った体を涼めるにはピッタリの場所だ。7階には30種類ほどの屋台からなるホーカー・センターまであるのでマレーシアの屋台も一気に体験する事ができる。
ちなみに2000年現在は「ミッドランズ・パーク・センター」という名に変わっているようだ。
夕方からはすぐ近くにある屋台街、ガーニーズ・ドライブへ行く。ここは200件以上の屋台が建ち並ぶ所で、夕方から大勢の人が集まってきている。聞けば、マレーシアには台所を持たない家もけっこうあるようで、すべて屋台でまかなっている家庭もあるようだ。
ここの屋台がまた安い。10リンギット(98年当時400円)もあれば2人でお腹いっぱい食べる事ができる。屋台を見て歩くだけで1時間はかかるし、食べて、飲んでとすれば、ここで3時間は時間がつぶれてしまう。

次の日は、今回の旅の目的の一つである、テレビ「深夜特急」の場所や人を訪ねようというもの。
まずは、ホテルのすぐ近くにあるゲスト・ハウス「アーベン・ゲスト・ハウス」へと向かう。地図を片手に路地を入っていくと、テレビで見た景色が現れる。しかも外には、テレビ出演もしていたケンちゃんこと、ジェームス・タンさんがいる。声をかけてみる。やはり流暢な日本語をしゃべる。数分、立ち話をしてそこをあとにする。東京で芸能人に会うより感動してしまうのが不思議である。
そこからバスでジョージ・タウンへ向かう。大沢たかお扮する沢木耕太郎がペナン島へやってきたペナン〜バターワース間のフェリーに乗る。ペナンからは無料だが、バターワースからは0.6リンギットかかる。所要時間は20分。とりあえず意味もなく1往復したのだが、バターワース側からペナン島を見た景色は感動ものだった。
フェリーから見たジョージ・タウン。
バターワース側から見たペナン島

再び、ペナンのフェリー乗り場に降り立ち、次の目的である、トライショーの老人を捜す。ターミナルにたくさんのトライショーが客待ちをしていたが、その老人はすぐ発見できた。テレビで見るかぎりはかなり日本語が上手だったので、日本語で話しかけると、驚いたように目を丸くしていた。私たちがテレビを見たというと、嬉しそうに微笑んでいた。老人に運転してもらうのは気の毒なほどだったが、目と鼻の先、コムタ・タワーまで乗せてもらった。コムタで降りて、老人を見送ったが、見えなくなるまで、後ろを振り向いて手を振ってくれていた。
せっかくコムタに来たので、最上階の展望台まで行く。さほど期待していなかったのだが、ここからの眺めは圧巻だ。ジョージ・タウンが一望できるし、晴れていれば、きっとバターワースまで見えるのではないだろうか。中国人街のレンガ色の屋根が眼下に広がっていて、改めて中国人の存在力に驚く。

翌日からは、ホテルを中心に生活した。ペナン島の海は透明感はなく、泳いでいる人はあまりいない。ここではプールで泳ぐのが一番のようだ。

今回、ひょんな事から、マレーシアのペナン島に行ってしまったのだが、テレビを見なければ、一生行かなかった場所のような気がする。まだ出会わない多くの土地があることを考えると、人生に少しばかりの焦りも感じてしまう。何がきっかけで旅が始まるかわからない。今回のペナン島への旅は妻のほんのミーハー気分がきっかけだったのだが、とても有意義であった事を考えると妻の好奇心にはおおいに感謝せねばならない。

最後に旅行会社のパンフレットなどを見るとマレーシア方面への旅行代金は、他の土地に比べて格段に安いので、けっこう狙い目かもしれない。私はお薦めです。
                          2000.1.24記


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