JSA ネタばれ度:★★★ 2001.5.12記

映画の宣伝文句が「あの『シュリ』の記録を全て塗り替えた」とある。そこで『JSA』という映画を『シュリ』に比べて感想をいうのであれば、『シュリ』と同じくらいの面白さと言える。『シュリ』を面白いと思った人には同じように面白いだろうし、面白くないと思った人には同じように面白くない映画だということだ。

『JSA(共同警備区域JOINT SECURITY AREA)』は韓国では2000年9月に公開された。ということはその年の6月に実現した南北首脳会議の後のことで「統一」というキーワードのもと韓国の北朝鮮に対する印象が大きく変わりつつある状況での公開であった、ということだ。
実際、『シュリ』に登場する北朝鮮人民は特殊工作員ということもあって残酷、過激というイメージで描かれていた。しかし、『JSA』での北朝鮮軍兵士2名は心に血の通った人間らしい愛情と苦悩を持ち備えた人物として描かれている。このあたりも南北統一ムードのさなかでの公開、ヒットに大きな影響を与えたのかもしれない。

『JSA』は大まかに3部に分かれている。それぞれに「AREA」「SECURITY」「JOINT」と名前が付けられている。実際の「JOINT SECURITY AREA」とは逆の順番でだ。

「AREA」
深夜の板門店、共同警備区域北朝鮮側歩哨所から数発もの銃声が闇夜にとどろく。この銃声はすぐに両国国境軍の銃撃戦へと発展し38度線は一気に緊張する。
ことの真相の調査は両国合意のもとスイスとスウェーデンからなる中立国監督委員会に委ねられた。この調査の任を受けたのが韓国籍の父を持つスイス軍女性将校ソフィー・チャン少佐(イ ヨンエ)だった。ソフィー少佐は韓国軍のイ スヒョク兵長(イ ビョンホン)と北朝鮮軍のオ ギョンピル士官(ソン ガンホ)らと会い陳述書を元に取調べを開始するが、双方の言い分は全く違ったものでどちらの陳述書にも疑問を持つことになる。

「SECURITY」
事件勃発の8ヶ月前、とある出来事がきっかけで韓国軍イ スヒョク兵長と北朝鮮軍オ ギョンピル士官、チョン ウジン兵士(シン ハギュン)との間に禁断の交流が生まれる。この交流にはナム ソンシク一等兵(キム テウ)も加わることになる。
4人の交流は危険であるがまさに禁断の果実のごとく悪魔的な魅力のあるものであった。いつかはやめなくてはならないと思いつつ続いた交流もイ スヒョク兵長の除隊をきっかけに終止符をうつことになる。最後の夜はチョン ウジン兵士の誕生日の日だった。そして事件勃発の日でもあった。

「JOINT」
明らかに何かが隠蔽されていることを確信したソフィー少佐の尋問はついにナム ソンシク一等兵にも及んだ。だんだん事件の本質に近づきつつあるソフィー少佐だったが彼女の父も北朝鮮籍であった事実を知ることになる。更に、取調べ中に参考人の自殺未遂事件も起こり、志半ばにして任を解かれることになってしまう。
以上がストーリのあらましだ。事件の真相は映画のわりと早い段階で想像できてしまうが、見ている側のテンションを落とすことなく結論へと進んでいく。

韓国映画は見る側にとって大きなハンデというか問題点を持っている。まずは、スヒョク、ギョンピル、ウジン、ソンシクなどの名前だ。これがなかなか馴染みにくい。私など比較的慣れてきた方だが、たまに「今、誰の話?」などとブレーキがかかることがある。
それと呼称の問題。今回は出てこなかったかもしれないが、韓国の女性は血がつながっていない人に対しても目上の男性には「オッパ(訳は兄)」と呼ぶ。これなどは字幕泣かせだし慣れないと「そうか彼はお兄さんだったんだ」などと間違うことにもなる。『JSA』では「トンム(訳は仲間、同志かな)」という呼び方が禁断の交流の中で「ヒョン(訳は兄貴かな)」に変わっていく、あるいは「ヒョンと呼んでいいか?」などの会話にストーリーのひだを感じることができるのだろうが、それらの感覚がスムーズに見ている側に入り込んでこないあたりに韓国映画の難しさを感じてしまう。

もうひとつこの映画で残念なことは時間軸が前後して映像が組み立てられているので、一瞬いつの話なのか理解するのが難しいことだ。これは例えば、11月4日(事件発生1週間後)とか2月17日(事件発生8ヶ月前)などと事件発生を基点にして注釈を入れてくれたらもっと理解しやすかったかもしれない。

映画のラスト・シーンは静止画像で終わるが、これは映画の途中で何気なくカメラが拾ったカットの静止画像だ。韓国側から板門店を訪れた欧米観光団の女性の帽子が風で飛んでしまい北朝鮮側に入ってしまう。一瞬、ギョッとなるがオ ギョンピル北朝鮮軍士官が埃をとりながら帽子を手渡す。その後にはチョン ウジン兵士が行進をしながら見ている。韓国側では直立不動で任務推敲中ナム ソンシク一等兵。写真を撮るのを静止しようとするイ スヒョク兵長。この画像に映っている北朝鮮軍兵士2名と韓国軍兵士2名の表情は素晴らしく、映画史上に残るラスト・シーンになるだろう。
もし、2度見る機会があれば最後の静止画像として使われる映像を動いている映像として映画の中で再確認してみたい。

北朝鮮兵士を演じたシン ハギュン。この人は韓国のミュージシャン、POSITIONのヒット曲「I LOVE YOU」(尾崎豊のカバー)のミュージック・ビデオにも出演しているのが、顔の表情が素晴らしい役者だ。今後の韓国エンタ界を背負っていく人になるだろう。韓国軍兵士役のキム テウの「なぜ?」というような困惑の表情も素晴らしかったし、自分の彼女の写真と言って韓国女優コ ソヨンの写真を見せたのには笑った。ソン ガンホは北朝鮮軍の職業軍人としての逞しさと人間としての懐の深さを表現してくれた。国境越しにナム ソンシク一等兵を自国側に抱き寄せたシーンは素敵だった。
一方、思いがけず映画冒頭で最初にクレジットされたイ ヨンエ。事実上の主役であるイ ビョンホン。この2人の演技には賞賛するところはなかった。特にイ ヨンエにいたっては登場の意味さえもあまりないような役どころだった。

ところでイ ヨンエのソフィー少佐は映画用の登場人物なのだが、なぜ任を解かれたのが今イチ分からなかった。最初から事件の究明を快く思わない人たちのセレモニー調査でしかなかったため打ち切るための理由が必要だったのだろうか。参考人の自殺未遂、父親が北朝鮮籍だということの発覚が原因なのだろうか。着任してから調べてすぐ分かるような身元調査なら派遣される前にじゅうぶん分かりそうなものである。

韓国には「シージャギ パニダ」という諺があるらしく「始めれば半分成し遂げたも同じ」という意味らしい。そして「ケンチャナヨ精神」というのがある。これは「No Problem」「大丈夫」なんて意味だろう。この2つが韓国映画の最大の欠点といえるようだ。勢いはあるけど最後までテンションを保てない。だから「点」としては面白い部分はたくさんあるが、「線」や「面」として見ると不完全燃焼な部分が出てきてしまう。いわゆる「雑」なのである。だからなのか中途半端に面白い映画は多い。なかなか厄介である。

パク チャヌク監督。110分。

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ラスト・シーンの静止画はCG合成で作ったとの話あり。とすれば、動いている映像ではその静止画と同じシーンを発見することはできないようだ。(2001.5.23追記)


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