BECK BOGERT & APPICE<1973/5/14 at 日本武道館> 1999.12.31記

ベック、ボガート&アピス(以下BBA)が来日した1973年も来日ラッシュだった。3月にはイエスとユーライア・ヒープの神と悪魔の対決。4月にはデヴィッド・ボウイ、そして5月には勢いガンガンのハンブル・パイとBBAが来日している。
BBAのアルバムを1枚しか出していないのに、いきなり武道館公演というのは当時としては異例の事だった。それだけ関心が高かったということであろう。

ロッド・スチュワート、ロン・ウッドらとのジェフ・ベック・グループを解散した後、同じくヴァニラ・ファッジを辞めたティム・ボガート(ba)とカーマイン・アピス(dr)と新グループ結成を考えていたがベックの交通事故でそのプランは白紙になっている。ちなみにその時、ボーカルに予定されていたのは、ロッド・スチュワートであった。
ベックの交通事故で取り残されたボガートとアピスはカクタスを結成する事になる。にわかバンドらしくサウンドの方はヴァニラ・ファッジがよりハードになったような音でしかなかった。(個人的には嫌いでなかったが)
ベックの方も回復したものの2人が別のバンドを結成してしまったので、自らのバンドを結成する。いわゆる2ndジェフ・ベック・グループである。ドラムにコージー・パウエル、キーボードにマックス・ミドルトンを起用したこのグループは結果的に2枚の名作アルバムを残して解散する事になる。この頃からベックのサウンドは、ブラック音楽の下地を持ったフュージョン・サウンドの色を残している事から、このバンドでの経験はのちのベックにとって大きな糧となったに違いない。
ベックのバンド解散、カクタスの解散で、ついに満を持した感じでBBAが結成される。ただ大きな誤算がもう一つあった。ボーカルに予定していたロッド・スチュワートがロン・ウッドと結成したフェイセスで大きな成功をあげていたため不参加だった事だ。従ってトリオでのバンド結成となる。

スタジオ録音のデビュー・アルバムを引っさげて来日したBBAは超満員の武道館で演奏を開始した。オープニングはシングル・カットもされて耳慣れたスティービー・ワンダーのカバー曲「迷信」。当時初めて耳にするトーキング・モジュレーターの音で会場を盛り上げる。ベック以降、日本人のギタリストもトーキング・モジュレーターを使用する事が多くなったが、口にチューブをくわえてギターの音とユニゾンで声で音を出し、それをイコライズィングするわけだが、このエフェクトの最大の欠点はやたら「唾液」が出てくることだ。従って、痴呆のようにヨダレだらけでギターを弾いているギタリストがたくさん出現した。その点、ベックは美しく演奏していたあたりも名ギタリストのいわれかもしれない。

曲は曲目表にもあるように、デビュー・アルバムからはほとんど演奏し、更には、ジェフ・ベック・グループ時代の曲まで演奏した。懸念されたボーカルもカーマイン・アピス、ティム・ボガートがハイトーン・ボイスでうまくこなしていた。
武道館のステージ上にメンバーが3人だけというのは見た目ではかなり珍しく、存在感のあるバンドであった事は確かだ。ただ、メンバー3人というといまだにクリームの幻影があった時代なので、自然にクリームより「すごい」ことを期待していたファンが多かったようだ。
たしかにテクニックにおいてはクリームに負けないものは持っていたのだが、どうにもスリルに欠けていたような気がした。ソツがないというか、ジャム・セッションを見せられているような感じというのが、一番適切な表現のような気がする。
とにかく音がでかいというのもBBAの印象である。しかも全員、楽器に関してはリーダーで、リード・ギターVSリード・ベースVSリード・ドラムという感じ。それが一番如実に現れた曲が「レディ」。ライブ・レコードで聞いても分かるようにとにかく騒い。でもカッコいい。困ったもんだ。
アンコールの「プリンス」から「ショットガン」へのメドレーは彼らが通過してきた音楽を全て感じられるほど素晴らしい演奏であった事はぜひ伝えるべきだと思っている。

最後に、クリーム、GFR、BBAなどロック最強トリオと呼ばれるグループは多いが、私が最強トリオと呼べるのは残念ながらクリーム、GFRでもなくBBAでもなく、ポリスだと信じている。

演奏曲目:

-迷信
-君に首ったけ
-ジェフズ・ブギー
-ゴーイン・ダウン
-ブギー
-モーニング・デユー
-スイート・スイート・サレンダー
-リヴィン・アローン
-アイム・ソー・プラウド
-レディ
-黒ねこの叫び
-ホワイ・シュド・アイ・ケア
<アンコール>
-プリンス〜ショットガン
BBAでのBECKのレスポール姿はめずらしい。
数少ないBBAのお姿。
とにかく、音のやかましいバンドであった。

音楽TOPへ戻る