愛する二人別れる二人 1999.11.20記

フジテレビ「愛する二人別れる二人」がヤラセ発覚という事で打ち切りになった。どう局の最高視聴率を獲得した直後だけに関係者にとっては断腸の思いだったに違いない。

しかし、ヤラセというとダーティーな感じがするものの、演出という観点から考えると仕方ない気がしてならない。今やテレビは日常生活の娯楽の中で、なくてはならないものになってしまっている。娯楽を発信する側にしてみれば、視聴者が喜ぶ番組を作らなければならないし、視聴率が悪ければ、番組スポンサーを得ることもできない。そんな環境の中で番組スタッフは努力して企画や演出を心がけているわけである。突き詰めていくと演出=ヤラセという事になってしまう。

ここでプロレスを例にあげるのは極端かもしれないが、あれをまともに見ている人がこの世の中にいるのだろうか。私はプロレス・ファンなので「八百長」という言葉には抵抗があるものの「演出」として考え、一つのライブショーとしてみれば、プロレスは最高級のエンタテインメントいえると確信を持っている。

プロレス同様、テレビのバラエティを本気だと思って見ている人がどのぐらいいるのだろうか。ほとんどの人が暗黙の了解で楽しんでいるのではないだろうか。そんな中での今回のヤラセ打ち切り事件はどうにも後味の悪さが残る。これがヤラセとして非難されるのであれば、以前にも書いた「TOKIOのなりゆき」(とっくに終了)などはどうして野放しにされていたのだろう。そうか今回は出演者に自殺者が出たからか。

ほんとに視聴者参加型の番組でヤラセをなくしたいのであれば、モザイクなしで登場することを条件にすればいいと思う。それができないのが今回の事件の大きな原因のような気がする。
司会者やご意見番の出演者がヤラセは知らなかったとコメントしていることこそ、ウソぽい気がしてならない。本当に知らなかったのなら、皆んな大馬鹿者である。


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