犬飼いにとって『最低限の愛情』 2004.5.2記

我が家に柴犬の福(2002年1月15日他界)と大福(2002年7月2日が家族記念日)がやって来てくれてから我が家の生活模様は大きく変わった。近状付き合いなど今までしたこともなかったが、大福の散歩をきっかけに町内の多くの方と交流を持つことになった。
そして、動物病院、ペットショップ、ペットグッズ・ショップ、ドッグカフェなど今までほとんど縁がなかった犬関連業種の人たちとの交流も新たに加わった。

知り合った犬関係の人たちの話を聞くといろいろ考えさせられることが多い。
何よりも驚いたのは、義務とされている年に一度の狂犬病予防接種の実施率がついに50%をを切ったことだ。意外に少ないと聞いてはいたもののこれほどだとは思っていなかった。というよりも地域格差が大きくて自分の周りに置き換えることができなかったというのが本当のところだ。義務とされている狂犬病予防接種ですらこの有り様だから、任意の混合ワクチン接種の実施率がかなり低いであろうことは考えるまでもないことだ。
そして、この2種類の注射接種、未接種は広範囲で問題を起こしているようだ。

冠婚葬祭などによる急の用事や旅行で愛犬を連れて出かけられない時、犬たちはいわゆるペットホテルと呼ばれる類のところに預けるのは今では当たり前のようになってきている。この時、業者(店側)のほとんどは預ける側(飼い主)に狂犬病予防接種と混合ワクチン接種済みの書類を提出してもらっているようだ。これは当たり前と言えば当たり前なのだが、仮に両方の注射を接種している犬が30%程度だとすると(50%以上であることはあり得ないわけなので)、世の中の70%近くの犬たちはペットホテルの類は利用していないことになるが、どうも信じがたい。はたして業者側が本当にチェックしているのだろうかと疑問を持ってしまうのだ。

犬関係の仕事をしている人と話したことだが、その人曰く「犬業界で理想を貫くと商売として成り立たない」らしい。悲しいかな納得せざるを得ないことだ。もしも犬関連の人たちが本気で狂犬病予防や混合ワクチンの接種率を上げようとするなら、少なくても現状の数字を上げることはそんなに難しいことではないはずだ。ただ、それには横の足並みをそろえることが一番大事なのだが、その足並みをそろえることは難しいし、まず不可能に思える。意識や理想を高めようとすればするほど商売には反映しないからなのかもしれない。
例えば、動物病院が診の犬は一番近い日付の狂犬病予防接種済み証明書の提出を義務付けたとしたらどうなるだろう。間違いなく狂犬病予防接種率は上げるに違いない。しかし、これなど典型的に横並びが必要で、それには法的な呼びかけがない限りまず無理だろう。一握りの獣医師が理想を貫こうとしたら、それこそ顧客を失うのは必至である。

犬関係者の中にも素人には分からない問題がたくさんあるらしいが、飼い主側からの視点で考えるなら接種率を上げることはすごく簡単なはずだ。飼い主自身が自覚を持って毎年定期的に接種すればすむことなのだから。これができない(しない)から不思議でしかたがない。
狂犬病予防注射や混合ワクチン接種は、飼い主の愛犬に対する『最低限の愛情』として満たしてやるべきだと心底思ってしまう。しかし、実際はその最低限の愛情すら与えていない飼い主のほうが多いというから驚いてしまう。
注射を接種しないことで、ドッグカフェやペットホテル、更にはドッグランなどの経営者には思い悩んでいる方も多いようだ。まともに規則を厳しくすると客が減ってしまうという商売においての最大のジレンマが生じるからだ。仮にドッグカフェの場合、犬たちにも相性というものはあるだろうから咬んだ咬まれたというトラブルが起きても不思議ではない。そんな時に大事なのが注射接種済みのお墨付きなのだ。注射をしているから咬んでも平気ということではないが、加害側の飼い主としては被害側に対してこれまた『最低限』の安心は与えるべきではないだろうか。経営者としてはその『最低限』のお墨付きを提示させることも商売上ではマイナス要因になるのでお客(飼い主)に強要できないとのこと。何か起きてからでは遅い・・・いつも思うことらしい。
犬の躾け以前に飼い主の躾けが必要・・・何とも耳の痛い言葉で話が終わることが多い。

たまにドッグカフェに行くとギャンギャン吠えまくっている犬がいたりする。犬に罪はないと言ってしまえばそれまでだが、問題は知らぬふりしている飼い主だ。このギャンギャン犬をドッグカフェではなく「犬もOK」の飲食店に連れて行き(連れては行けないだろうが)、中でいつものようにギャンギャンし始めたならどうするのだろう。犬はどこここ構わないからいつものように吠えまくることだろう。しかし、飼い主の対応はドッグカフェの場合と違うはずだ。何とか吠えている自分の犬をなだめたりするに違いない。この点が笑えない面白い話だと思う。ドッグカフェだからいいだろう・・・こんな思いが飼い主の中にあるのだと思う。
同様のことは人間の子供の場合に置き換えることもできる。レストランとファミレスでの子供づれの親の態度がそれだと思う。ちょっと気の利いたレストランで食事をしていても子供づれの家族を見かけることがある。しかし、たいがいの場合は子供も大人しく食事をしている。要は親がレストランで食事が出来るように躾けのようなものをしているのだと思う。この傾向は悲しいかな高級と呼ばれている(いわゆる料金の高い)レストランになればなるほど顕著に現れているように思える。
その一方でファミレスはどうだろう。公園で遊んでいるのと同じぐらいうるさい子供が多い。ひどいのはテーブルに上がらんばかりの子供もいる。で親はといえば、どこかに「子供だから仕方がない」というような諦めというか開き直りのような態度で注意するでもなく見ているだけのバカ親もいる。このての親は「うるさくしても良い店」という前提でファミレスに来ているのだと思う。だから、これらの親に育てられた子供は、大人になるまでレストランで食事をすることはないのだろう。前者の子供との差は将来どのような形で出てくるのだろう・・・。

犬の場合も人間の子供の場合も、飼い主や親次第という点では似ていると思う。躾けという言葉も犬の場合も人間の場合も両方で使われる。ただ、大きく違うのは人間の子供は「独立」させるための躾けだが、犬の場合は「服従」させるための躾けなのだと思う。この点が大きく違う。
加えて、犬の場合は人間の子供以上に飼い主判断が大きな影響になるから注意しなければならない。犬に『最低限の愛情』を与えることは、飼い主が自分自身に対する『最低限の躾け』なのかもしれない。そして『最低限の愛情』・・・実は『最大限の愛情』でもあるのだということに気づくべきなのだと思う。


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