迷い犬の保護 2002.10.26記

2002年10月18日(金)の朝10時頃、近所のコミュニティホールの近くで雨でずぶ濡れになった巨大な犬がトボトボ歩いているのを発見した。赤い首輪がすぐ見えたのでどこかの飼い主が誤ってリードを離してしまったか、あるいはどこからか脱走でもしてきたのか思った。車に轢かれては大変と我が家の犬・大福のリードが余っていたのでそれをつけてあげた。ずぶ濡れの体に触ろうとも首輪に手をかけようとも大人しくしているし、手を舐めたりもするので飼われていたに違いないと思った。

まず、目の前のコミュニティホールの受付けの人に犬を見たことがないかを尋ねてみる。心配そうに出てきてくれたが、ちょっと見たことがないという。ちょうど通りがかった人が1時間前もこのあたりをうろついていたとも言っていた。
この犬、よくよく見るとビーグルのようだが、ここまで巨大なビーグルはいまだかつて見たことがない。普段であればこのデブさ加減に大笑いしてしまうところだが、その日はそんなことを言っている場合ではなかった。この大きさはかなりの特徴なので飼い主を見つけるのは意外に簡単かもと思ってしまったところがまず間違いの始まりだった。

1時間ほど犬を連れて近所を聞き込みにあたったがあいにくの雨のため人通りも少なく、犬の散歩をしている人もほとんどいない。聞き込み虚しく予め連絡しておいた駅前交番に連れて行く。交番の人も困った様子だったが濡れた犬を婦警さんがきれいに拭いてくれて、動物保護センターに連絡してくれた。電話で動物保護センターの人と話すと今日中にこの犬を取りに来てくれるとのことだった。そしてこの犬の預かり期間は2週間とのこと。2週間で殺処分にあうということだ。しかし、すぐに飼い主も見つかるであろうからいきなり保護センター行きはきついなと思い、電話を保留にしたまま巡査と相談。相談の結果、落し物としてまず届けると本署のほうで1週間ほど預かることができるとのこと。なるほど、それならと保護センターの人に相談。1週間で飼い主が見つからない場合は、その時点から2週間が始まるとの確約をもらう。これで、最悪3週間の命は保障されたわけだ。しかし、本来なら今日から2週間の命のはずだったので、自分の中での猶予期間を2週間とすることに決めた。

家に戻って早速自分のホームページで犬探しのページを作成。そして町内のコミュニティとなっているインターネット掲示板数ヶ所と、隣地区のコミュニテイ用インターネット掲示板に迷い犬探しの書込みをする。同時に、A4サイズの簡易チラシを作成する。
自分のページに書いた告知は意外なほど多くの人が反応してくれて、それぞれの皆さんのホームページや知り合いのホームページに告知をしてくれた。その結果、告知ページのアクセスはその日1日だけで600件を越した(最終的には1週間で1057件)。
次の日からは、チラシを持っての犬の散歩となった。すれ違う人にチラシを見せたり渡したりして犬の目撃情報をあたる。しかし、かなり特徴のある犬なのに目撃情報はほとんどなかった。自分自身もこの犬を町内で見かけたことはなかったので、町内の犬ではないのかと思ってはいたのだった。となると近隣地区から迷い込んできたのかもしれないと思い、近隣地区の動物病院へFAXとメールで案内を流すことにした。
週末は同じような動きをしたが、進展は特になかった。この頃からもしかして、この犬は迷い犬ではなくて捨て犬なのかもしれないという思いがわいてきた。
捨て犬だとすると飼い主が名乗り出ることはまずあり得ない。だとしたらこの犬は引き取り手がない限り殺処分になってしまう。関わってしまった以上それも不憫だと思い、最悪の場合の処置も同時に考えなくてはならないようになってしまった。それらを考えていると捨てた飼い主(まだ決まってもいないのに)を必ずやあぶり出してやろうとする思いが募ってきた。
しかし、捨て飼い主をあぶり出すことが決してこの犬のためにはならないかもしれない、ということにこの時まったく気付くことができなかった。浅はかなことである。

週明けも何ら事態は進展せずだったが、最悪の場合のこの犬の対処については何となく収まりがつきかけていた。本来、ことの成り行きはページ上で報告するのが当然なのかもしれないが、万が一、飼い主が捨てた犬であった場合、その飼い主がネットでこの犬の成り行きを見ている可能性もあるわけだ。その場合、この犬の最終的な処遇などを書いたのであれば、それを読み、安心してしまい心の痛みも少なくなってしまうことだけは断じて避けたかったので、あえて途中経過は報告しなかった。後にこのことはネット上で無責任であるいう反感もかったみたいだったった。
その頃に町内にお住まいの方からメールをいただいた。それによると不確かではあるが、18日の朝、この犬が車から降ろされたようなシーンとも考えられる光景を目撃したとのことだった。いよいよ、この犬は捨て犬なのか・・・。

10月22日(火)朝、犬を預かっている警察に連絡したところ、動物病院から情報が寄せられ飼い主がほぼ特定されそうだとの話を聞く。その場合、警察のほうで連絡して引渡しなどもするとのことだった。何はともあれ飼い主が見つかったのであればそれは良かったし、捨て犬疑惑も考えすぎであったのかもしれない。これで、お役ご免とばかり一安心したのがいけなかったのか、その日の午後、不覚にもギックリ腰を患ってしまった。
夕方、警察に確認の電話を入れると朝とは違う人が電話に出たが、どうも朝ほど歯切れがよくない。特に、引渡しの時期などに話が及ぶと「飼い主と相談中」という何とも頼りない返事である。自分の愛犬が見つかったというのに何を迷うことがあるのだろう。お年寄りが一人で飼っていてあげくに足も悪かったりして引取り日が決まらなかったりしているのだろうか。なんていらぬ想像までしてしまう。
翌23日(水)ギックリ腰は更に悪くなってきて、かかってきた電話を取ることもできないほどだった。留守電に警察よりメッセージがあって、引渡しなどすべては警察のほうでやるので安心してくださいとのことだった。
これって、完全にお役ご免ということなのだろう。何はともあれ、この日をもって迷い犬の件は落着をみることとなった。

ここからは憶測の域を出ないわけだが、あの犬はやはり捨てられた犬なのではないだろうか。そして捨てた飼い主はあぶり出しにあったのだろう。そして飼い主にとってあの犬が保護されて自分のところに戻ってくることは、決して嬉しいことではなかったのではないだろうか。あの犬は飼い主にとって、もはや歓迎されない犬ではなかったのか。
そこまで考えが及んでも飼い主が特定された以上、いくら発見者といえとやかく口出すことではないだろう。この憶測が事実であった場合、あの犬には気の毒がもうどうすることもできない。これは、少なくても私の中での決め事だが、これ以上はもう私の範疇ではない。
今回、保護したことに関して少なからず後悔している。というのは、私は本来、最後まで面倒見きれないなら関わらない、が信条だった。だから、人に就職の世話を頼まれてもあまりお世話や紹介することもなかった。従って、この犬を発見した時も見て見ぬふりをするのが自分だと思っていた。しかし、後先考えず、気づいた時には関わってしまっていた。これこそ、犬の不思議な力なのだろう。

自分の愚サイトを中心に迷い犬の飼い主探しは広がりを見せてくれた。アクセスログをたどっていろいろな意見に触れることができた。私は警察、動物保護センターに連絡を取って保護作業を展開したが、これに反対する人がたくさんいるようだった。公的機関=殺処分、あるいは犬にとっての悪環境(保健所)などをあげて私のとった方法に対して反対意見も数多く目にした。人の意見など人の数だけあるだろうから、反対意見があっても当然だ。ただ、私の行動がその人にとって間違った選択であっても、私ならまずは応援することから始める。そして、結果が出てから(それが不本意な結果であっても)あの時のあの行動はこうすれば良かったのではないか。という意見交換するだろう。反対者が反発する気持ちも分からないではないが、たとえ間違った判断であったとしても、一生懸命に行動している身としては、正直面倒くさいし、鬱陶しい。私も含めて同じように犬を保護してしまった人が、2度と迷い犬には関わりたくないと思わせてしまう可能性は大いにあるのではないかと思った。
今回、反対意見を言われた方も基本的には犬好きであって、最後は「この犬が飼い主のところに戻れますように」という言葉で締めくくられていたものがほとんどだった。
飼い主のところに戻る・・・これが犬にとっても飼い主にとってもけっしてベストではない結論もあるのだということを改めて知ることとなった。

迷い犬の保護は難しい。次に迷い犬に遭遇しても犬の不思議な魔法にかからないようにして、なんとか見て見ぬふりして通り過ぎたいと今のところは思っている。正直、懲りた。何も良いことなどなかった。


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