「線引き」は難しい 2000.3.21記

ある対談の本を読んでいたら「線引き」について書いてあった。その本では「節約」ということで「線引き」が語られていた。牛乳パックの再利用はしないけど、ストッキングは捨てる前に階段を拭く、というような話だった。
たしかに人それぞれ線引きは違うと思う。

そこでいつも気になっていたり、自分自身の線引きをちょっと考えてみた。
かなり若い頃、道で財布を拾って、交番に届けたことがあった。ところが落とし主が現れ、中身がないということだった。そこで私が中身を抜いたのでは、ということになって調書までとられるということがあった。それ以来、私は、拾ったお金は届けないと決めている。(警察不信に関しては、きりがないので別の機会に)
そこでお金を拾ったとしたら、世の中の皆さんは、どうしているのだろうか。もちろん交番に届けます。という意見が圧倒的に多いのだろう。では、その取得額が1円でも10円でも100円でも届けるのだろうか。そんな話を人にすると、いやぁ、大きな金額の場合は届けるということだよ。という意見がかえってくる。
そこで「線引き」。届ける金額(大きな金額)の境目はいくら?人によって全く違うんだろうと思うがちょっと興味あり。

こんなことを考えていると、いろいろな「線引き」に興味が湧いてくる。
個々の違いはともかく、一般的なことでもいろいろあるような気がする。いわゆる似てるけど違う、という線引きである。
例えば、「親ばか」と「ばか親」。これなんかは言葉を入れ替えただけで意味が大きく違ってくる。どこまでの行為をどちらに入れるか、これとて人それぞれ違ってくる。
と言うことは、やっぱり「線引き」は他人がとやかく言うことではないということか。
似ていて異なるものと合わせて考えると面白いことが発見できるかもしれない。
「前衛」と「でたらめ」。「綺麗」と「可愛い」。他にも面白いことはたくさんありそうだ。


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