私のワールド・カップ 2002.7.6記

W杯直前の5月にソウルに行った。その時にまず思ったのが日本に比べ、国としてW杯を盛り上げようとしている感じを街の中のディスプレイだけでなく人にも感じた。ソウル在住の人に聞いたら外国人を見たら優しく声をかけよう、というようなスローガンが国として発信ているとのことだった。
日本に帰ってきてW杯まであと10日と迫った5月の下旬なっても何となく日本国内でのW杯への期待も盛り上がりも感じることはできなかった。
きっと、韓国だけで盛り上がり、日本は冷ややかにW杯を迎えて何事もなく消化して終わるのだろうなという予測をしていた。

ところが、W杯がいよいよ直前になり各国代表が来日し始めたころから様子は変わってきた。
まず、テレビのワードショーが騒ぎ始めた。それにつられるかのように日本中で急にW杯熱が過熱し始めた。
幸い、日本代表は韓国に比べると楽と思えるグループに入ったし、何よりもマスコミが日本代表最強説を打ち出していたし、「イケ面」選手というネーミングでベッカム、トッティ、デルピエロなどを女性誌向きに取り上げた。チケット問題やフーリガン問題も社会問題となって話題性を持ったし、更にキャンプ地エピソードとしてカメルーンと中津江村が更なる盛り上げに一役を買った。

そして、いよいよW杯本番。自分自身の中でここまで面白く見ることができるとは思わなかった。やはり、地の利なのだろう。試合開始が時差もなくリアル・タイムなのがありがたかった。スカパーで全試合を無料放送するという大英断に出てくれたことも楽しめる一因だった。民放の訳の分からない出演者によるドタバタを見ないですむことは本当にありがたかった。
W杯が始まる前の決勝予想は、アルゼンチン対ポルトガルだった(結果はいうまでもない)。前大会フランス大会前ぐらいから急激にサッカー通と化とした友人に優勝予想を尋ねたら、そんなことは今分かるはずがないと一蹴された。競馬で2才馬がデビューして間もないころに翌年のダービー馬を予想する面白さもあるのだが、通ともなるとそんなことはくだらないということなのだろう。
根っからのサッカー・ファンもにわかサッカー・ファンも巻き込んでとにかく韓日共催のW杯はスタートした。

大会は初戦でフランスが負けるという世の中的には大ハプニングでスタートした。そして、この大会の象徴ともいえる言葉「番狂わせ」の連続でフランス、アルゼンチンは予選リーグで敗退した。
日本チームは2勝1分の成績で決勝リーグに進出した。W杯出場2回目にして初の勝ち点どころか予選リーグ突破は快挙以外の何ものでもないだろう。共催国韓国は日本よりもずっと手強いグループをやはり2勝1分で勝ち上がって決勝リーグ進出を果たした。
決勝リーグこそ日本は初戦敗退したが、同日夜、行われた韓国は強豪イタリアをねじ伏せて駒を更に一つ先まで進めるという大偉業を成し遂げた。
共催国の勝利に本来喜ぶはずであったが、日本が負けた後、試合を控えているソウルの様子をニュースが流している時に私の身に大きな出来事が起きた。ソウル市庁前に集まった何10万人ともいわれる大観衆が日本の負けを知ったとたん大歓声をあげたと現地のリポーターが報道したのだ。よくよく考えてみればそんなことは当たり前なこと、といえるぐらい韓国に反日感情があることを知ってはいたが、やはりショックだったし腹立たしく思った。
もしもこのことがなかった時、イタリアとの試合で自分が韓国を応援していたのかどうか正確に確かめることができなくなってしまった。試合はイタリアを応援したが、果たして先のニュース報道を聞いたせいなのか、はたまた韓国だけ更に上に行くのが悔しいからなのか、その答えを見つけ出すことはついにできなかった。

この頃から韓国の快進撃を良く思わないところからなのだろう、韓国の審判買収疑惑まで登場し始めた。イタリア、スペインというヨーロッパの強豪国が韓国に負けたことからの無責任なデマなのだろう。ところがW杯の親方であるFIFAが審判の誤審を認めたから話はややこしくなってしまった。挙句の果ては準決勝の韓国対ドイツ戦では前例もないヨーロッパの審判を起用するという暴挙にまで出てしまった。
これによって韓国は何んとも気の毒な立場に追い詰められてしまった。ドイツに勝てば買収疑惑の根が深い、というようなことを言われるだろうし、負ければ審判を味方にしないとやはり勝てないという、どちらに転んでも全くイイ目のないポジションになってしまった。
結果はドイツが勝ち、決勝進出を決めるが何ともパッとしない出来事だった。

これら韓国の思わぬ疑惑で日本の嫌韓派が便乗して2chを始め、あちこちのサイトで韓国バッシングが始まった。私の掲示板でも私自身が韓国国民が日本が負けたことを喜んだことに対しては腹立たしいということを書いたら、いろいろ書き込みがあって一時は民族論的なところにまで発展してしまい、この審判疑惑がもう一方のホスト国に大きな問題となってふりかかっていることを認識せざるをえなかった。
しかし、私が腹立たしく思ったことと、この審判疑惑は全く違ったものとして捉えている。極端な言い方をすれば、人間がやる審判に潔癖な判断を求めることは不可能ではないだろうか。スポーツに限らず刑事事件の裁判でも冤罪などもあるわけだから。
仮に韓国が噂どおりに審判を買収していたとしても、それは実に巧みな事前の根回しであって決して非難する気にはなれない。そこまで勝ちたいという執着心の差と考えるべきなのではないかと私なんかは思ってしまうのだ。オリンピックを見るまでもなくスポーツマン・シップの理想はとうの昔に崩れ去っているだろうし、大会自体が巨大化すれば利権も大きく関わってくるから、大会に関わる者全てが何らかに対して執着心を持っているのが自然な姿だ。その執着心の矛先が「勝ち」というものであっても何ら不思議ではないと思うのだが。
まぁ、これは私のはなはだ勝手な思いであるし、韓国が審判買収をしたなどとは夢にも思っていないことだけは重ねて言っておきたい。
私が気に入らないのは、あくまでも日本が負けた時に大歓声で喜んでいたということなのだ。少なくても私は日本が勝って韓国が負けても大喜びなどしなかったと断言できるからなおさら残念でならない。それらを報道しない日本のマスコミにも困ったものだと毎度のことながら思ってしまう。その口惜しい思いは、日本人が韓国代表を応援している姿を見るにつけてますますつのるのだった。

W杯はブラジルが優勝して終わった。6月は何だかアッという間に終わってしまった感じがする。韓国の盛り上がりには遠く及ばないが日本人がここまで共通の話題で盛り上がったことってあっただろうか。
忘れやすい日本人はW杯のこともすぐ忘れてしまうだろう。韓国のあの盛り上がり、日本の珍しい一体感、これは何だったのだろうか。今後、韓国にとってのKリーグ、日本にとってのJリーグがどのぐらい盛り上がるかによって韓国人、日本人がサッカーに盛り上がったのか、W杯に盛り上がったのかの答えは出ることだろう。
そして大会終了後、世界の国がこのW杯をどのように見ていたのかも確かめてみたい。
私にとって、この共催W杯が韓国と日本の関係のリトマス試験紙にもなった貴重な大会となったことは大きかった。


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