女性アスリートのマスコミ露出 2001.7.28記

福岡で世界水泳が行われている。イアン・ソープの参加で一応の盛り上がりを見せているが、今回の大会に限らずちょっと気になることがあった。
それは女性アスリートのことだ。今回の水泳に当てはめてみると、シドニー五輪で好成績の選手達が当然のことだが注目されている。
しかし、残念なことにシドニー五輪ほど好成績は残せていない。シドニー五輪がピークだったということもあるのだろうがはたしてそれだけなのだろうか。

シドニー五輪が行われたのが昨年の10月。思わぬと言っては申し訳ないが、期待以上の好成績を残した日本水泳女性選手たちは、五輪終了後も大人気でマスコミに出まくった。
ちょうど、雑誌も正月用、テレビも正月用特別番組制作の時期だったので彼女たちにも出演依頼が殺到したのだろう。
シドニー五輪を目指し、きっと血の滲むような努力や練習をしてきたことだろう。そして目標としていた五輪で大きな成果をあげたのだろうから、息抜きとしてマスコミに露出することをとやかく言うことはできない。
ただ、このマスコミ露出ほど厄介で難しいものはない。

彼女たちがバラエティー番組に出る場合、あくまでもシドニー五輪出場選手としてゲスト扱いで出演する。従って扱いも良い。しかも、周りには今まで一般の女の子たちと同じようにテレビや雑誌でしか見ることのできなかった芸能人たちがたくさんいる。
ふだん、ほとんど縁のないヘアメイクやスタイリストが自分たちを綺麗な女性に変身させてくれる。すぐ側にはキムタクや中居くんがいる。お笑いのアノ人もいる。その上、自分たちにちゃんと話しかけてくれる・・・。
このような状況を体験してしまった若い彼女たちの心にどのような気持ちが芽生えるのだろうか。

おそらく、普通の若い女性が望むであろう欲望を全て封印して、水泳という競技に挑んできたのだろう。その苦労や努力が本番のシドニー五輪での好成績を生んだのだろう。
そのように封印してきた女の子が今まで全く体験することなかった未知の世界を体験するのである。それは、まさに「蜜の味」だったなのかもしれない。

その心の中に入り込んでしまったわずかな(しかし、意味としてかなり大きなもの)何かが彼女たちのその後の練習や生活に何らかの違った影響を与えることはなかったのだろうか。
アスリートたちの話を聞くと、決勝レースに出られるか出られないかの8位と9位の差。表彰台に上れるかどうかの3位と4位の差はとてつもなく大きなものだという。その差は運だけではないとも聞く。
今回の世界水泳を見る限り、その微妙な差に対する何かが日本水泳女子選手の前に大きく立ちはだかっているようにも見えた。

マスコミ(芸能界も含めて)は自分たちに都合の良いものは持ち上げる。しかし、ある日突然、手のひらを返したように今度は非難の側に回る。同じ水泳の千葉すずなどその良い例だろう。
今回の世界水泳で期待に応えられなかった日本水泳女子選手たち。彼女たちは今、何を思っているのだろう。彼女たちが再び、真のアスリートとしてもう一つ上の目標に向かうことはできるのだろうか。

そして、同様にいやそれ以上にシドニー五輪で最高の栄誉を勝ちとった陸上女子マラソンの高橋尚子。彼女の今後にもとても興味がある。
その点、女子柔道の田村亮子はやはりスゴイというべきなのだろう。
ただ、田村亮子と日本水泳女子選手や高橋尚子の大きな違いは、競技がタイム・トライアルかそうでないかの違いなのかもしれない。

世界水泳開催のさなか、電車の中刷りポスターで女子水泳の田中雅美が綺麗にお化粧して表紙に映っている姿を見て、ちょっとつらい気持ちになってしまったのであった。


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